2008年04月04日

わたり(大阪府)

1)菜食を決意した理由といきさつ(きっかけ)
幼少期の頃は肉魚が食べられなかったのに、
成人してから社会性の為に練習して食べられるよう、わざわざしました。
大阪は昔から「焼き肉」のお付き合いが多い地域。
結婚先は、主人・親類縁者すべてが「義父」に否を言えない、今時に珍しい家風。
嫁の立場では、当然主張など出来ずに15年。
でも、そんな人間の些細な都合より、

『食べられる為に殺される動物たちの恐怖の方がどれだけ大きいか…』

遅まきながら気が付いた。
そして40歳になってまで「人に合わせて何故に肉食するのか?」ふと我に返り、
本来の自分の嗜好に戻る決心をしました。
今は誰に嫌われても、構わないと思っています。(もちろん義父にも…)

2)その後の苦労話
義父との会食の時、最近は肉拒否しています。
でも、ベジタリアンになりますとは言ってません。
カミングアウトは、
家族内の都合もあるようなので、主人に任せてあります。

主人と二人で暮らす家ではもともと、
ほとんど動物性食品を入れない台所にしていました。
でも外食や貰い物、乳製品・卵等・魚介類には緩かった。
今はそれら、家では一切ヤメてます。
外食は、まだまだ失敗すること多いです。

3)菜食をつづけて良かった点、体調の変化など
もちろんすべて良い方向へ。

4)悪かった点
物事が自分中心で進むので、我が侭なようで心が傷む。
毎日の行動に「食の介入」の多さに辟易します。

<植物は可哀想ではないの?>
 ベジタリアンだと言うと、「植物も生き物だ」と、反論する人がいますね、よく。
 しかし、世の中にはマナーとかルールがあって、
 ある一定の人間の感情で線引きがされて決められている。
 肉食が許されなかった時代は、ルールであった。
 今、食料問題が世界レベルで危うくなっていたり、
 動物愛護的な感情論が進化していたり、
 肉食をしないのは、今後もってマナーになりつつあると思う。
 そうなってくると、食文化だと言って捕鯨をしている日本は、
 世界のマナーからすると、時代遅れの野蛮な国だ。

 植物と動物に食のラインを引くのは、筋が通らん!と言われれば、
 そもそも「人食」にはラインを引いているし、
「犬や猫」を食う事にも世界の多くの人は線引きしている。
 昔の人は犬を食べていた。
 最近になって聞かれなくなったのは、感情の進化で犬はペットになったから。
 これは人間がその時代に合わせ勝手に決めてきたルールで、
 この先、動物と食物にライン引かれる日が来ることは、充分考えられる。
 そうなると、犬と牛にラインを引いている肉喰う人々と、考えは同じ条件なのだ。
 ベジタリアンは精神の進化だと思う。


posted by reasonvegetarian at 20:27| 生命倫理的理由 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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