幼少期の頃は肉魚が食べられなかったのに、
成人してから社会性の為に練習して食べられるよう、わざわざしました。
大阪は昔から「焼き肉」のお付き合いが多い地域。
結婚先は、主人・親類縁者すべてが「義父」に否を言えない、今時に珍しい家風。
嫁の立場では、当然主張など出来ずに15年。
でも、そんな人間の些細な都合より、
『食べられる為に殺される動物たちの恐怖の方がどれだけ大きいか…』
遅まきながら気が付いた。
そして40歳になってまで「人に合わせて何故に肉食するのか?」ふと我に返り、
本来の自分の嗜好に戻る決心をしました。
今は誰に嫌われても、構わないと思っています。(もちろん義父にも…)
2)その後の苦労話
義父との会食の時、最近は肉拒否しています。
でも、ベジタリアンになりますとは言ってません。
カミングアウトは、
家族内の都合もあるようなので、主人に任せてあります。
主人と二人で暮らす家ではもともと、
ほとんど動物性食品を入れない台所にしていました。
でも外食や貰い物、乳製品・卵等・魚介類には緩かった。
今はそれら、家では一切ヤメてます。
外食は、まだまだ失敗すること多いです。
3)菜食をつづけて良かった点、体調の変化など
もちろんすべて良い方向へ。
4)悪かった点
物事が自分中心で進むので、我が侭なようで心が傷む。
毎日の行動に「食の介入」の多さに辟易します。
<植物は可哀想ではないの?>
ベジタリアンだと言うと、「植物も生き物だ」と、反論する人がいますね、よく。
しかし、世の中にはマナーとかルールがあって、
ある一定の人間の感情で線引きがされて決められている。
肉食が許されなかった時代は、ルールであった。
今、食料問題が世界レベルで危うくなっていたり、
動物愛護的な感情論が進化していたり、
肉食をしないのは、今後もってマナーになりつつあると思う。
そうなってくると、食文化だと言って捕鯨をしている日本は、
世界のマナーからすると、時代遅れの野蛮な国だ。
植物と動物に食のラインを引くのは、筋が通らん!と言われれば、
そもそも「人食」にはラインを引いているし、
「犬や猫」を食う事にも世界の多くの人は線引きしている。
昔の人は犬を食べていた。
最近になって聞かれなくなったのは、感情の進化で犬はペットになったから。
これは人間がその時代に合わせ勝手に決めてきたルールで、
この先、動物と食物にライン引かれる日が来ることは、充分考えられる。
そうなると、犬と牛にラインを引いている肉喰う人々と、考えは同じ条件なのだ。
ベジタリアンは精神の進化だと思う。
