2006年09月09日

サスケ

1)菜食を決意した理由といきさつ

私たちがごく当たり前のように目にする動物の肉ですけども私たちは、どのようにこのように加工されるか、そして、私達人間同様の生き物の肉だと意識したことはほとんどないでしょう。
私の家のすぐ近くに豚舎があり、私はしばらく観察をしていました。
人間に食べられる動物たちは皆、大量に飼育 されるため、ペットのようには扱われません。一歩たりとも歩けない檻の中に入れられていました。
彼らも私達同様、運動することが自然の状態であるため、その自然の状態を奪われるということは、かなりの苦痛でしょう。想像してみてください、朝起て、その場から動いてはいけないのです。その状態で一歩たりとも動けづ硬いコンクリートの上で一生をいきるのです。
我々は一ヶ月でもやったならば、うつ病になってしまうでしょうね。
それが彼らには何年間も続き、一度も開放はされないのです。一度も緑の自然は触れられないのです。
彼らを我々同様の生命であると見ることのできる人は、あまり多くはないでしょう。
しかし、彼らは正真正銘の生命なのです。彼らの幸せを奪う権利は全く我々にはありません。
現在の肉食用に粗悪な環境下のもとで育てられ、最終的に殺される生命たちは本当に無実な囚人達です。
「なぜ、罪なき純粋な動物がこんなにも苦しめられなくては、いけないのでしょうか」
自然と戯れ自然な状態を奪われた彼らは、うつ状態のような精神病にかかってしまうと{豚は月夜に歌う}という本で読みました。
私は自分がこうされたら「マジ、ありえない」と感じ恐ろしく感じました。この状態が1日や3日ではないのです。一生なのです ありえませんよね。
そしてすぐに肉は止めました。 親に怒られましたが、なんとしても食べない決意を固めました。あまり善いことをすることが無い私でも他の生命を尊重して生きると決めたのです。
毎日静まることの無い豚の悔しさ、ストレスが感じられる悲鳴は度々、私に悲しみを抱かせます。
彼らをこの苦しみの中においているのは、人間の無知とエゴだと感じました。
私はいつか必ず肉食を気違いじみた行為だと思い出される未来が来るのだと信じています。
「私は必ずいつか、彼らの子孫が自然に戻れる日が来るのだと、信じています」

2)その後の苦労話


ここ日本では菜食主義者を変わり者だと思われてしまうので、まだこの国の動物愛護の意識は低いのだと感じさせられます。

3)菜食をつづけて良かった点、悪かった点
よかった点は 心に精神に落ち着きが出来ました。
怒ることがすごく減りました。
道徳的な生き方を進歩させ自分の信条に合った生き方なので、自信がすきました。
あと、インドのスピリチュアリティは菜食をかなりのアドバンテージだと
多くの聖者は言われています。
悪かった点は特に無いですが、菜食主義者のヴィジョンから見るとレストランは肉しかないのかと思うほど、どの料理も動物が入れられています。
posted by reasonvegetarian at 16:59| 生命倫理的理由 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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