2006年03月11日

miyo

去年(2005年)の9月頃に親友がベジになった。

 屠殺の現状などを見て「もう、気持ち悪くて食べれない・・・」と思ったらしい。

 この時は「気持ち悪くて食べれない」って感情がよく分からなかった。
 
 私も早速ネットであさる様に実態を見た。
 逃げ回る豚・血が滴ってる牛・ギュウギュウ詰めの鶏。恐怖と悲しみで一杯な現実・・・。

 「何でそんなに叩かなアカンねん!!」「やめて〜!」パソコンのモニターを見ながら声が出ていた。

 中でも衝撃的だったのがケンタッキーとマクド・・・この日がきっかけとなり立ち寄ることもなくなった。

 でも、私はこの時点でベジになる。っていう風にはならなかった。
 
 旦那は大の肉好き。
しかも動物愛護的なことにはさほど関心はない。

 『もし、私がベジになったら料理は別々の献立にしなくちゃならないな・・・大変だ。』

 『目に見えている肉そのものだけじゃなく、動物性のエキス、卵、牛乳・・・たくさんダメになる。できるかな・・・。』

 それからの買い物は憂鬱で、肉を手に取ってる自分が悪魔か!?とすら思えた。

 スーパーで陳列された肉を見るたび自分の良心が痛んだ。

 さすがに進んで『お肉食べたい!』って感情にはならないが、急に食卓から肉を消すことには抵抗があった。 

 出来るだけ廃棄処分されるであろう黒ずんで見た目の悪い肉を買うようになった。

 同時にこの頃から、肉を残したり処分したりすることが罪なことに変わっていった。

 食べられる肉=有意義な肉ではないが・・・「捨てられる肉=無駄な死」私にはこう思えた。

 元々、肉に限らず、食べ物を平気で残す人や、粗末にする人は見ていて嫌な感情にさせられることがよくあったんだけど、。
 屠殺の現状を知ってから、そこには拍車がかかった様に思える。

 ベジタリアン料理に関心が出てきて、色んなサイトでレシピやどんな食べ物があるのかを見るのが習慣になり、すごく勉強になるサイトもたくさんあった。

 ベジに関してのサイトでよく「肉食は体に悪い」「牛乳は鼻炎のもとだ」と書かれている。
中には「肉食は罪だ!」というのもあった。

 私は、私自身が肉食で罪を感じることがあっても、人から「あなたお肉食べるの?!最低ね!」なんて言われたら腹が立つ。

 今まで、普通に食してきたものが「体に悪い」なんて言われも・・・

 牛乳を5年位飲まない生活をしてたことがあったけど、飲んでる今と変わりなく、その頃もひどい鼻炎だったよ・・・

 肉食が体に悪いんじゃなくてって・・・食べ過ぎたりバランスが悪かったら、でしょ?

 肉食は罪!体には毒!!肉食の人間を全否定しているサイトに反発すら覚えた。
 
 様々なサイトを通して、食の問題にも興味を持つようになった。

 今まで安ければ良いと思っていた野菜が、ちょっと位値段が上がっても新鮮で安全な物が良いと思うようになり、近所の朝採れたての野菜を買いに行くのが 習慣になった。

 たくさんの採れたての野菜が並んだ売り場はとっても楽しくて、すごいパワーを貰ってる気がした。

 こんな風に思える自分が意外だった。

 宅配でも無農薬の野菜を取り寄せてみたり、今まで自ら買うことのなかったヒヨコ豆やレンズ豆を買ってみた。

 お肉の料理より、野菜の料理は楽しくて、豆はカワイイな〜なんて思えたり♪
 たまに、ベジ料理を生活に取り入れてみる様になっていた。

 ちょうどそんな頃、いつも楽しみに見ていた「better than nothing 」(a-ma-o-toさん)のブログで

 「ある日の誓い」というトリックスターブルーさん( ゆういちさん)の詩を読んだ。


僕は首都高速道路を走っていた・・
4トンの一番デカイトラックを運転して、鼻歌交じりに、自分の夢が一番デカイと信じていた・・・
そして、その命は何よりも尊いものと信じていた
だから毎日肉でも何でもクソ食らえと・・覚えた言葉、「感謝」を口にしては食って生きながらえて、食物連鎖の頂点などと息巻いていた・・
新しいものを買う・・そして、その時に出る「ゴミ」とされた家具や家電達・・それをある場所からある場所へ移動するのが僕のその時の収入源だった・・・
それらからしたら、僕は死神のような存在だった

ある日、隣を走る同じ大きさのトラックに気が付いた
というより、其の荷台に乗っていた「荷物」に・・

暗く成ったばかりの窓の向こう側には、黒い大きな目があった
しばらく時間が止まって何かを沢山聴いたようだった
そして、緑の丘、青い空と流れる雲、幸せそうな笑い声、美しい風景が見えるようだった

「もう食べないね・・」僕は声を出して言っていた

其の潤んだ目は悲しみに濡れているように僕には映った

そして、僕の言葉を聴いてくれたようにも感じた・・・

優しそうな其の大きな黒を僕は追い越していった・・・


それ以来、僕はベジタリアンという人種に数えられるようになった・・・

  
LOVE★PEACE&ECO・。。・・。。・・・。。・・v^0^v!

ゆういち。。



 涙が止まらなかった。
 詩を読んで以降、ベジになりたい!って思った。
 なりたい!って変な表現かな?
 私は肉を食べること買うことにストレスがあっても、食べるとそれは現実を知る前と変わらぬ味で・・・食べれてしまってた。
 肉食を我慢することから始めるので、なりたいって憧れ的な表現になってしまう。
 そこから、また「いきなりヴィーガンでも続けて行けるかな?」って不安が生まれた。
 何日か葛藤があったけど「出来ない理由を付けてたら、いつまでたってもできない!」って結論になった。
 自分なりに考えてノン・ミート・イーターからはじめてみることにした。
 
 
 完璧じゃなくても良い。
 出来ることがはじめよう!

 私に屠殺の現実を教えてくれた親友。
 様々な実態の情報をくれたサイト様。
 素敵な詩で前向きになれる気持ちをくれたゆういち様
 本当にありがとう。
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posted by reasonvegetarian at 00:00| 生命倫理的理由 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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